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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4291号 判決 1984年9月14日

原告

白川茂登子

原告

白川ハル

右両名訴訟代理人

羽成守

坂東司朗

坂東規子

被告

日動火災海上保険株式会社

右代表者

中根英郎

右訴訟代理人

上原豊

小清水義治

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれらに対する昭和五六年五月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの、その一を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金一三二〇万円およびこれらに対する昭和五六年五月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一請求原因

1  被告は、損害保険を主たる業務とする会社である。

2  亡白川辰夫(以下「亡辰夫」という)は、被告との間で次のとおり保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した。

(一) 自家用自動車保険(以下「本件自動車保険」という)

(1) 保険者 被告

(2) 被保険者 亡辰夫

(3) 保険期間 昭和五四年五月一日から昭和五五年五月一日まで

(4) 保険金額

(イ) 自損事故条項 死亡保険金 一四〇〇万円

(ロ) 搭乗者傷害条項 死亡保険金 五〇〇万円

(5) 保険金支払条項

(イ) 自損事故条項

保険者は、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害(ガス中毒を含む)を被り、かつ、それによつて被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合は所定の保険金を支払う。

(ロ) 搭乗者傷害条項

保険者は、被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害(ガス中毒を含む)を被つたときには、所定の保険金を支払う。

(二) 月掛ファミリー交通傷害保険(以下「本件交通傷害保険」という)

(1) 保険者 被告

(2) 被保険者 亡辰夫

(3) 個保険期間 昭和五三年一二月二五日から昭和五四年一二月二五日まで

(4) 保険金額 死亡保険金五〇〇万円

(5) 保険金支払条項

保険者は、運行中の交通乗用車に搭乗している被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故に起因して被つた傷害について、所定の保険金を支払う。

3  亡辰夫は、昭和五四年一一月七日午後七時三〇分ころ、神奈川県横浜市緑区西八朔町八一一番地港北パーキングエリア内の被保険自動車内において、自動車から排出される排気ガス中に含有される一酸化炭素により中毒死した(以下「本件事故」という。)

4  原告白川茂登子(以下「原告茂登子」という)は亡辰夫の妻、同白川ハルは亡辰夫の母であり、亡辰夫の死亡によつて、被告に対する本件保険契約の保険金請求権を各二分の一宛相続によつて取得した。

5  原告らは、被告に対し、昭和五五年三月、本件自動車保険についての保険金一九〇〇万円(自損事故条項一四〇〇万円、搭乗者傷害条項五〇〇万円)の請求をしたところ、同年七月七日、被告の目黒自動車保険損害調査サービスセンター副主査島本峻(以下「島本」という)は、原告茂登子に対して、「貴殿より御請求のありました保険金請求の件で、この度お支払させていただく事が決まりました。」と記載された封書を送付し、ここに原告らと被告との間において、被告が、原告らに対し、本件自動車保険についての保険金各九五〇万円を支払う旨の合意が成立した。

6  本件事故は、亡辰夫が他車の排気ガスの充満、流入しやすい所に被保険自動車を停車させ、同車内でエンジンをかけ、ヒーターをつけて暖をとりながらリクライニングシートを倒して仮眠している最中に排気ガスによつて一酸化炭素中毒死したというものであるから、本件自動車保険の自損事故条項及び搭乗者傷害条項にいう「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」に該当することは明らかである。また、亡辰夫の一酸化炭素中毒死となつた排気ガスは、被保険自動車の排気ガスが混入している可能性もあり、他車の排気ガスといつても、一台からのものか、数台からのものか、あるいは港北パーキングエリアに駐停車中の全ての自動車の排気ガスが集合されたものか、明らかでないから、自賠法三条に基づく損害賠償請求権ないしこれに代わる同法の政府の自動車損害賠償保障事業への請求権の発生を認めることは困難である。従つて、亡辰夫は、被告に対し、本件保険契約に基づく保険金合計二四〇〇万円(本件自動車保険につき一九〇〇万円、本件交通傷害保険につき五〇〇万円)の請求権を有しており、前記4のとおり、これを原告らが各二分の一宛、すなわち一二〇〇万円ずつ相続によつて取得した。

7  被告は、前記5のとおり、少なくとも本件自動車保険については、一旦は保険金の支払いに同意しながら、後に何らの合理的な理由もなく一方的に右の合意に違反して支払いを拒絶した。被告の右の債務不履行によつて、原告らはやむなく本件を羽成守外二名の弁護士に委任し、同弁護士らに対し、各請求保険金額の一割である一二〇万円を報酬として支払うことをそれぞれ約した。被告は、原告らの被つた右損害を賠償すべき責任がある。

8  よつて、原告らは、各自、被告に対し、本件自動車保険については、第一次的に支払合意に、第二次的に同保険の保険金請求権に基づく保険金九五〇万円、本件交通傷害保険については、同保険の保険金請求権に基づく保険金二五〇万円、及び債務不履行による損害賠償請求権に基づく一二〇万円の合計一三二〇万円の金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。

二請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3のうち、亡辰夫が昭和五四年一一月七日午後七時三〇分ころ死亡したことは不知、その余は否認する。亡辰夫の遺体が発見された港北パーキングエリア内の被保険自動車の駐車場所において一酸化炭素による中毒死が起こることは、同パーキングエリアの立地条件、当時の天候、風、被保険自動車の駐車態様からいつても、あり得ず、しかも、被保険自動車には自らの排気ガスが車内に流入するような欠陥も、亡辰夫が同所において自殺した形跡もなく、遺体発見後警察官が同車のエンジン及びヒーターを始動させたが何らの異常も認められなかつた。従つて、被保険自動車が横浜インターチェンジに入つた昭和五四年一一月七日午後六時五〇分ころには亡辰夫は既に死亡していたのである。

3  同4のうち、原告らが亡辰夫の相続人であることは認め、その余は否認する。

4  同5のうち、原告らが保険金の請求をしたこと、島本が原告主張の記載のある封書を原告茂登子に送付したことは認めるが、その余は否認する。島本は、同原告に対し、保険事故が発生しているのではなかろうかという予断と推測から形式的、事務的に請求書の不足分の追加を求めているにすぎず、保険事故が客観的に発生していないのであれば保険金は支払われないのは当然の前提であつて、右封書の記載も保険事故発生の有無と無関係に保険金を支払う趣旨ではない。

5  同6のうち、本件事故の内容は否認し、その余は争う。仮に本件事故の内容が原告ら主張のように他の車両の排気ガスによる一酸化炭素中毒死であつたとしても(ただし、被保険自動車のエンジンは停止していたことは明らかである)、亡辰夫は睡眠場所として自動車の空間的場所を利用しているにすぎず、事故との間に相当因果関係もないから、他車の運行に起因した事故ではあつても、被保険自動車の運行に起因した事故とはいえない。更に、被保険自動車と他車の排気ガスにより亡辰夫が死亡したとすれば、他車の運行に起因したものとして、他車の運行供用者に対して自賠法三条の請求権が発生するし、他車が特定できない場合は、同法七二条の政府保障事業への請求が可能である。

6  同7は不知。

三抗弁

仮に、島本が、原告茂登子に対して、保険金を支払う旨の意思表示をしたとしても、右意思表示は保険事故が発生していないのに発生しているものと誤信した結果したものであつて、法律行為の要素に錯誤があるから無効である。

四抗弁に対する認否

否認する。

五再抗弁

仮に、島本の原告茂登子に対する保険金支払の意思表示が島本の錯誤に基づくものであつても、被告は、本件事故後の昭和五四年一一月から直ちに調査に入り、しかも、右調査は専門の調査機関を使つた極めて慎重かつ詳細なものであつたし、被告は、このような調査に基づく事実判断の上に立つて、約款解釈の専門家として法律判断を下したものであるから、被告の誤信には重大な過失がある。

六再抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠《省略》

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二同3について

1亡辰夫の死因

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これを左右する証拠はない。

(一)  昭和五四年一一月九日、神奈川県横浜市緑区西八朔町八一一番地港北パーキングエリア内において駐車中の被保険自動車内で亡辰夫が死亡しているのが発見された。同人の遺体は、同日午後八時四五分から、横浜市中区蓬莱町三丁目一一二番地所在の解剖室において、神奈川県監察医伊藤順通によつて行政解剖に付された。

(二)  その際の遺体の状況は、鮮紅色の死斑が背面、左右の下肢に強度に出現しており、死体硬直が全身関節に軽度に残存していた。

(三)  解剖及び諸検査の結果は、血液は鮮紅色、流動性で血中の一酸化炭素飽和度は六四パーセント、血中アルコールは検出されず、臓器はうつ血し、その色調は鮮赤色で一酸化炭素中毒を顕著に示しており、他に直接死因となる著明な病変は認められなかつた。

(四)  一般に、自動車の排気ガスや都市ガスによる自殺、火災による一酸化炭素中毒死の場合、一酸化炭素の飽和度は概ね六〇ないし七〇パーセントで、場合によつては八〇パーセントに達することもあり、個人差もあるが、致死限界は概ね六五パーセント程度である。

以上の事実によれば、亡辰夫の死因は一酸化炭素による中毒死であることは明らかである。

2一酸化炭素中毒死の原因

次に、亡辰夫が中毒死するに至つた一酸化炭素の発生源いいかえれば同人は遺体発見場所において死亡したのか、別の場所で死亡したのかについて検討する。

(一)  まず、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 亡辰夫の遺体が発見された場所は、神奈川県横浜市緑区西八朔町八一一番地東名高速道路上より車線港北パーキングエリア(以下「本件エリア」という)内北側駐車場の東から四番目の駐車区画(以下「本件駐車位置」という)に駐車中の被保険自動車(品川五五ら九八八八コロナマークⅡ車台番号RX一〇―〇二一一五一昭和四七年型以下「本件自動車」という)内である(別紙図面(一)「発見された場所」と記載された位置)。

(2) 本件エリアは、南北の辺縁に沿つて小型車用の駐車場、中央に売店、公衆便所、大型車用の駐車場がある。そして、北側駐車場の北は土手になつており、その境界に沿つて大人の背丈以上の木が並べて植えられている。

(3) 亡辰夫の遺体は、昭和五四年一一月九日午後四時三〇分ころ、観光バスの乗客と思われる者によつて前記発見場所において発見され、同人から連絡を受けた本件エリア売店の従業員飯塚好四郎は、現場へ赴き確認のうえ、東名高速隊へ通報した。その際の現場の状況は次のとおりである。

(イ) 本件自動車は前部を北側に向けて本件駐車位置に駐車されており、運転席の窓だけが二、三センチメートル開き、運転席のドアーは施錠されていなかつた。

(ロ) 本件自動車のサイドブレーキは引いてあり、エンジンキーは差し込んであつたが、エンジンは停止していた。

(ハ) 運転席のリクライニングシートは一杯に倒してあり、そこに亡辰夫の遺体が仰向けになつて、顔は運転席の窓の方を向き、両手足を伸ばした格好で横たわつており、着衣に乱れはなく、外傷も見当らず、仮眠しているような状態であつた。

(4) その後、警察の捜査によつて、本件自動車内から、昭和五四年一一月七日午後六時五四分に東名高速道路横浜インターチェンジを通過した旨の記載のある通行券が発見され(同インターチェンジから本件エリアまでは通常の走行で約六分を要する)、またガソリンの残量が確認されたが、自殺、他殺に結びつく証拠や本件自動車の欠陥等の異常は認められず、昭和五五年六月末ころ継続捜査となつて捜査は一応の終了をみた。

(5) 亡辰夫の遺体を解剖した前記伊藤順通は、前述したような遺体の状況から死後二日程度経過しているものと判断し、本件自動車が昭和五四年一一月七日午後六時五〇分ころ横浜インターチェンジを通過した旨警察官から知らされたこともあつて、推定死亡時刻を同日午後七時三〇分ころと限定した。

(6) 本件エリアでは、暖房、冷房の関係で、エンジンをかけたままで停車している車両がかなり多く、空気中の排気ガスも多い。昭和五四年一一月七日の気温は、横浜地方気象台の発表によると、午後六時には16.1度、午後九時には14.8度であつた。

(7) 本件エリア北側の駐車場は、土手との境界に対して斜めに車両を駐車するように路上に区画が引かれており、この区画に従つて九台の車両が平行斜め駐車することができる。そして、本件駐車位置の東隣の区画は別紙図面(二)ABCDを直線で結んだ部分であり、その大きさ、本件駐車位置との位置関係は同図面記載のとおりである。

また、同駐車場は小型車専用ではあるが、時に大型車両が入ることもあり、長さ七メートル程度の車両であれば、本件駐車位置と浄化槽の間の三台分の駐車区画に本件自動車側を後部にして直角に駐車することも可能である。

(8) 亡辰夫は、昭和四五年から肉屋を経営しており、健康体で仕事を休むようなことはなかつたが昭和五四年九月に開店して本件事故当時は転業を考えていた。本件自動車は、昭和四七年ころ亡辰夫が購入し、以来仕事等に使用していた。

(9) 亡辰夫は、昭和五四年一一月七日午後五時前に本件自動車で自宅を出発した。その際、妻の原告茂登子には先行を告げなかつたが、普段から先行を告げたことはなく、特に変わつた様子はなかつた。原告茂登子は亡辰夫がなかなか帰宅しないので心当りに電話をしたりしたが行先は分からず、一一月九日午後五時過ぎころ、神奈川県警緑警察署から亡辰夫死亡の連絡を受けた。

(10) 警察の捜査で、原告茂登子も数回事情聴取を受けたが、亡辰夫の死因については知らされず、調査も済んだので自動車保険を請求するようにと言われただけであつた。

(二)  次に、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、<反証排斥略>。

(1) 自動車に欠陥、故障がある場合や、車庫などの狭い場所でエンジンをかけたりする場合には、ことさらに排気ガスを車内に引込むといつた作為をしないでも乗車中の者が一酸化炭素中毒をおこし死亡することがある。

(2) 右のような場合でなくても、渋滞中など周囲で多数の車両がエンジンをかけているときや、道路の両側に高く雪をかき上げたような所でエンジンをかけているときなどは、気候状態など周囲の状況によつては一酸化炭素が多量に車内に流入して、その結果、中毒死に至ることもあり得る。

(3) 昭和五八年一二月二六日、トヨタ東京排気ガス測定室において塚越昇らが実施した実験では、本件駐車位置の東隣の駐車区画にガソリン小型キャブオーバー型トラックが同じ向きに駐車したものと仮定して、同車に測定車を隣接させ、両車ともエンジンをかけ、測定車のベンチレーターを外気導入、吹出しバーを頭寒足熱温度レバーを二三度にして、その運転席を倒して枕部の一酸化炭素濃度を測定した結果、次の事実が認められた。

(イ) 右小型トラックについては、同車が整備不足の場合や、ヒーターを入れて休憩をとるときエンジンが止まらないようにスロットルを引く場合、運転者が誤つてチョークやスロットルを引いた場合などには、エンジン吸入ガスが濃くなり、同車から排出される一酸化炭素濃度が上昇する。

(ロ) 一方、測定車による一酸化炭素ガスの吸入状況は、ヒーターを入れ外気を吸入し、周囲が無風状態ないしうず巻微風状態の場合に測定値が上昇する。そして、一旦車内の一酸化炭素濃度が上昇すると低下するのに時間を要する。

(ハ) 通常の条件のもとでは測定車内の一酸化炭素濃度は三〇〇PPM以下であるが、右(イ)、(ロ)の条件が重なると約九〇〇ないし二〇〇〇PPMとなる。

(4) 大気中の一酸化炭素濃度が一〇〇〇PPMのときには、当該大気を吸入している人は約一時間で重症、約三時間で致死限界に陥り、二〇〇〇PPMのときは、約三〇分で重症、約一時間で致死限界に陥る。

(5) 駐車したままヒーターを入れる場合には、約二四時間ないし四八時間でバッテリーが上がつてヒーターが停止してしまう。また、エンジンをかけていても長時間スロー回転を続けていると自然にエンジンが停止してしまうことがある。

(三)  以上、認定の事実から、本件エリアにおいてはエンジンをかけたまま停車している車両が多く、本件自動車の周囲、特に東隣に本件自動車と並行して、または後部を向けて車両が停車した場合、同車から排出される排気ガスが本件自動車内に流入することもあり得たこと、本件自動車の前方には木が並べて植えられていて大気が停滞しやすい状況にあること、単に本件自動車の運転席側の窓が若干開いているだけでは致死量程度の一酸化炭素を含む排気ガスが車内に流入することは考えられないがヒーター等の換気装置が作動していれば外気の流入が促進されて車内の一酸化炭素濃度が相当高濃度になることも考えられること、本件自動車の発見時の状況からすれば、亡辰夫は仮眠をするため駐車したものと認められるけれども当時の気温から考えるとヒーターは作動させていた(そしてその後バッテリーが上がつたため停止した)と認められること、亡辰夫は横浜インターチェンジから六分程度走行した本件エリアで駐車していることから、疲労のため熟睡して一酸化炭素中毒の初期症状に気付かなかつたものと思われること、死亡推定時刻にはかなりの幅があることが認められ、これらの事実から、周辺に停車した車両との位置関係、右車両の排気状況、当時の気温、風向、風速など周辺の大気の状態によつては右車両から排出される排気ガス中に含まれる高濃度の一酸化炭素が本件自動車内に流入し、一時間ないし数時間のうちに亡辰夫が中毒死した可能性は否定できないものと思われる。確かに、トヨタ東京排気ガス測定室における前記実験は室内での実験であるため、戸外の場合と条件が異なることは否めないけれども、同測定室には空調装置が設置されており、これを作動しての測定も行われていること、ベンチレーターで強制収入している場合にはベンチレーター付近の一酸化炭素濃度が高ければそれが吸入されるという点では室内と戸外で大差のないこと、などから以上の認定の妨げとなるものではない。他方、右可能性を否定する趣旨の荒居茂夫作成の鑑定書(前掲乙第九号証の一)は、戸外における実験結果を基礎に作成されたものであるが、右実験は、通常、周辺の車両の排気ガスにより一酸化炭素中毒死することはないことを指摘するだけで、そのような可能性を全く否定するというものではないし、測定器具の選択に適切さを欠き、自車の排気ガスからの一酸化炭素濃度を車外で測定したにすぎないもので、測定方法、測定結果に正確ではない点が認められるから、以上認定の事実に反する部分は採用することができない。

(四)  被告は、前記伊藤順通による亡辰夫の死亡推定時刻の判断を疑問として、亡辰夫は本件自動車が横浜インターチェンジを通過する以前に死亡していた旨主張する。既に認定したとおり、右伊藤が亡辰夫の遺体解剖を始めたのは昭和五四年一一月九日午後八時四五分で、死後経過時間を約二日程度と判断したうえで最終的には死亡推定時刻を同月七日午後七時三〇分ころと限定したものであつて、実際には死亡推定時刻はある程度幅があると考えられるから、この点だけからすれば被告の主張もあながち根拠のないものとは言えないけれども、警察の捜査も継続捜査となつており、亡辰夫が死体の発見場所とは別の場所でなんらかの方法で一酸化炭素中毒により死亡し、誰かが同人の死体を前記発見場所まで運んだことを裏付けるような証拠は全く存在しないし、他方、亡辰夫が本件駐車位置においてことさらに排気ガスを引込み自殺を図つたり、本件自動車の欠陥、故障によつて車内に多量の排気ガスが流入したりしたというような事情も全く見当らない以上、右のような原因で亡辰夫が死亡したとするのはかえつて不自然、不合理であつて、亡辰夫は、横浜インターチェンジから東名高速道路に入り、本件駐車位置において本件自動車を駐車させ、ヒーターを入れたまま運転席のシートを倒して仮眠中、先に認定した諸々の条件が複合した結果、周囲でエンジンをかけたまま停車した車両から排出される排気ガスが大量に本件自動車内に流入し、右排気ガス中に含まれる一酸化炭素により中毒死するに至つたものと認めるのがより自然である。右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  同4について

原告らが亡辰夫の相続人であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告茂登子は亡辰夫の妻、同白川ハルは同人の母であることが認められる。

本件保険契約の保険金請求権を原告らが相続したことについては、保険金請求権の発生を前提とするものであるから、後記五において認定する。

四  同5について

原告らが本件自動車保険についての保険金を請求した事実及び島本が原告茂登子に対し、同保険についての保険金を支払うことになつた旨の記載のある封書(以下「回答書」という)を送付した事実については当事者間に争いがない。そして、<証拠>を総合すれば、本件事故については、被告の目黒自動車保険損害調査サービスセンター(組織変更により昭和五五年八月一日からは首都営業第二本部目黒自動車保険サービスセンター、以下「サービスセンター」という。)副主査島本峻が直接の担当者として調査と損害額の査定にあつたこと、同人は、昭和五四年一一月末に本件事故の事故報告を受けてから調査を開始し、昭和五五年二月ころ原告らから本件自動車保険の保険金請求を受けた後も調査を継続した結果、保険事故であるとの判断を得、保険金支払いのためには自損事故条項と搭乗者傷害条項のそれぞれについて請求書が必要なことから、同年七月七日原告茂登子に対し前記回答書(前掲甲第一号証の一)を送付して請求書の追加を求めた事実が認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、保険金の支払については調査及び査定の担当者に決定権があるわけではなく、保険金が五〇〇万円以上になる場合には被告本社の自動車損害調査部長の決済を受けることになつていること、本件については、原告茂登子から請求書の追加送付を受けた島本が、昭和五五年七月二四日、保険金支払申請書を作成してサービスセンター所長森井満雄に提出したところ、同所長は、死亡原因と運行との間の因果関係に疑義があるとして、同月二八日、被告の自動車保険損害調査サービス部長に対し判断を求め、その結果、同年八月一一日、サービスセンター所長名で、原告茂登子に対し、保険金を支払うことができない旨の通知をしたことが認められるのであつて、島本が前記回答書を送付したことによつて、原告らと被告との間に保険金を支払う旨の合意が成立したものと認めることはできない。原告らの第一次的請求は、その余の主張について判断するまでもなく理由がない。

五  同6について

1本件自動車保険について

本件自動車保険の自損事故条項の適用要件は、「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害(ガス中毒を含む)を被り、かつ、それによつてその被保険者が生じた損害について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない」こと、搭乗者傷害条項の適用要件は、「被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害(ガス中毒を含む)を被つた」ことである(以上の事実は当事者間に争いがない。)

そこで、本件事故が右要件に該当するかどうかについて判断する。

(一)  「急激かつ偶然の外来の事故」とは、被保険者の身体からみて原因または結果の発生・不発生が予知できない突発的な外部要因を言うものとされているところ、本件事故がこれにあたること及び被保険者である亡辰夫が右「事故により身体に傷害を被つた」すなわち死亡したことについては、既に認定した事実によつて明らかである。

(二)  次に、本件事故が「被保険自動車の運行に起因」した事故であるかどうかについて検討する。

先ず、「運行に起因」の意義については、自賠法三条にいう「運行について」と同義に解するのを相当とし、同条の運行」とは同法二条の「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」であり、また、「運行によつて」とは、運行と被害との間に相当因果関係の存在することと解すべきである。

そして、本件は、既に認定したとおり、高速道路を走行中、パーキングエリアで被保険自動車を駐車させ、ヒーターをつけたまま同車内で仮眠していたというものであるから、高速道路のパーキングエリアは、一般に車両を完全に駐車状態におくというよりは運転者、同乗者らが車内もしくは当該エリア内で一時的に休息をとるため利用されるもので、亡辰夫も右のような利用方法に従つて車内で休息をし、仮眠からさめれば直ちに出発したものと認められることから考えれば、本件エリア駐車中の本件自動車もなお走行の延長として自動車という装置の用い方に従つて用いている状態すなわち運行状態にあつたものと解するのが相当である。また、亡辰夫の死亡は、ヒーターをつけたまま仮眠中、被保険車内に流入した他車の排気ガスを大量に吸入したことによる一酸化炭素中毒によるものであるから、被保険自動車の暖房、換気装置の使用による物的危険が原因となつたものとして、相当因果関係を認めることができる。

(三)  そうすると、本件事故は、本件自動車保険の搭乗者保険条項の適用要件に該当し、従つて被告は亡辰夫の同保険金五〇〇万円について、その相続人である原告らに対し、各二五〇万円の支払義務を負うこととなる。

(四)  しかしながら、自損事故条項については、さらに被保険者が被つた損害について自賠法三条の損害賠償請求権が発生しないことが要件となつているところ、本件事故は、被保険自動車の運行に起因するものではあるが単独事故ではなく、他車によつて排出された一酸化炭素を吸入したことが原因となつているのであるから、他車の運行に起因したものとして自賠法三条(他車が特定できない場合は同法七二条)に基づく損害賠償請求権が発生するものというべきで、自損事故条項の適用はなく、右保険金請求権の発生を認めることはできない。

(五)  原告らは、亡辰夫の一酸化炭素中毒死の原因となつた排気ガスには、被保険自動車の排気ガスが混入している可能性もあり、他車の排気ガスといつても、一台からのものか、数台からのものか、あるいは港北パーキングエリアに駐停車中の全ての自動車の排気ガスが集合されたものか明らかでないから、自賠法三条に基づく損害賠償請求権ないしこれに代わる同法の政府の自動車損害賠償保険事業への請求権の発生を認めることは困難である旨主張するが、前記認定事実から被保険自動車の排気ガスが混入している可能性は極めて少いといえるし(仮に混入していたとしても、他車の排気ガスの量に比べ致死の結果に影響を及ぼす程度のものとは考えられない)、その余の事情は、本件保険金請求権発生の有無とは何らの関わりをもつものではない。

2本件交通傷害保険について

本件交通傷害保険の保険金支払条項は、「運行中の交通乗用具に搭乗している被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故に起因して被つた傷害」であり、この点については当事者間に争いがない。

そして、前記1において認定したとおり、本件事故は、運行状態にあつた本件自動車に搭乗していた被保険者である亡辰夫が急激かつ偶然な外来の事故に起因して被つた傷害すなわち死亡であると認められるから、本件事故は右条項に該当し、従つて被告は、亡辰夫の死亡保険金五〇〇万円について、その相続人である原告らに対し、各二五〇万円の支払義務を負うものである。

六  同7について

原告らは、被告が保険金の支払いに合意しながら(これが認められないことは、前記のとおり)、後にこれに違反して支払いを拒絶したため、やむなく羽成守外二名の弁護士を依頼したとして同弁護士らに支払うべき報酬額を損害として請求する。

しかしながら、保険金支払義務は金銭の支払いを目的とするものであるから、その不履行による損害としては、民法四一九条により約定または法定の利率によつて算出された額に限られ、それ以上の損害が生じたことを立証してもその賠償を請求することはできないものと解すべきである。従つて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの右主張は失当である。

七  結論

以上の次第で、原告らの請求は、各自五〇〇万円の保険金及びこれに対する昭和五六年五月二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(大城光代)

別紙図画(一)、(二)<省略>

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